冷蔵庫の心音だけが聴こえる。二人分の空間と孤独な食器たち。熱帯魚の淡い夢。逃げ場もなく、ただ死んでいく酸素の群。誰もいない足音と、軋む椅子。光を知らない哲学。燃え尽きた恒星たちの弔煙。触れ合わない手と手。そういう曖昧な愛情が溶け出した場所で、ひっそり呼吸をしていた。いつもの朝、食卓に置かれたメモの切れ端が私たちの会話だった。無愛想で、飾り気のない、拙い言葉の断片が私たちを繋いでいたの。今晩遅くなる、とか、牛乳の賞味期限が切れている、とか、アイシテル、とか。無機質な紙切れが一言、二人には些か広すぎたテーブルを飾る。この稚拙がどうにも愛しかったの。永遠にも似た微温湯は、蜃気楼のように温度を喪失していく。

夜、迎えにいくよ

そう書き残された、いつになく乱暴な走り書きで、私はわかってしまった。さいごの手紙なのだと。もう此処には戻らない。きっと、そのまま彼は彗星になってしまうのだろう。眦から水滴が溢れる。蜉蝣の羽化のようにやさしく、溢れて。そうして私が擁いた星の卵は、墜落した。

明くる朝、私はいつものようにメモを書き残す。生憎、待つのは苦手じゃない。静謐の足を照らすように、カーテンの隙間から朝日が一滴こぼれた。



※好きなところでカットしてお使い下さい。